2010年12月30日木曜日

Chilean Miners

チリの鉱山事故は、今年の世界仰天ニュースの中でもトップテンに入るんじゃないでしょうか。

英BBC Global Newsから


‘An complicated issue’

今年の八月五日、チリの鉱山で地中深く閉じ込められていた33人が救出された。
その69日後、鉱山から一人一人が奇跡的に救出されるのを世界が見守った。
困難を極めた救出作業の間中ずっと家族や親類や友人はサンホゼ鉱山の外に設営されたテントで待ち続けていた。
BBCの記者はその様子をずっと取材していた。
彼は鉱山近くの町、コピアポに戻ってきて、あの時救出された33人が今何をしているのか取材した。

今私はここコピアポ町の266回目の聖誕祭の中にいる。
町の中央駅に何千という人達が集まり、伝統衣装を身にまとった数十人の子供達がチリの舞踊音楽に合わせて踊ってる。
夜になると、町長や議員なども参列する。
コピアポの『ヒーロー』を讃えるため。

すっと折り目の入ったスーツを身にまとい、顔にはサングラスをかけた男達がいる。
二ヶ月に渡り、サンホゼ鉱山の地中深くに閉じ込められていたあの33人のうちの一部のメンバーだ。
『救出』以降、彼らの生活は一変した。

ガーラさんは救出されたメンバーの一人。
今コピアポ町長から英雄として讃える楯を受けとった。
前に私が彼に会ったのは、救出から二日後のことだった。
かれの家族が私をホームバーベキューパーティーに招いてくれたのだ。
日差しから目を守るためのプロテクターサングラスを着けた彼は、青白く、痩せていた。
そしてあれから二ヶ月。彼が今どうしているのか私は気になり始めた。
彼に会うと、まず世界中を旅したことを話してくれた。

ガーラさん「マドリードに行き、米国に行き、英国にも行きました。そして最近は、あの救出までの奇跡の講演をするめにチリ中をまわっています。講演を通し、特に子供たちに勇気を持つことの大切さを感じてほしいと思っています。勇気があったから33人は生き延びた。そして、神の恵みに感謝し、一生懸命働くことの尊さも感じてほしい」

ガーラさんは救出後、「セレブリティー」としての地位をエンジョイしているように思えた。そして彼の家族にとっても、これは興味深い経験となったようだ。
ガーラさんの義理の妹「ガーラの救出後、ほんとにたくさんの人が彼を見にうちにきたのよ。みんか彼に挨拶をし、話をしたがってた。彼はそれをとても名誉のことと思っていたようで、スーパーに買い物に行っても周りの人に挨拶し、車に乗ってるときでも道行く人々に窓から手を出して応えてたわ」
ガーラさんの孫娘「おじいちゃんが生き埋めになったときいたときは、本当に悲しかった。最近は、サンホゼ鉱山救出の記念碑のあるところへよく行くの。おじいちゃんが誇らしくて」

生活が変わったのはガーラさんだけではない。
あの33人のうちほとんどが新たな道を見つけ、生きている。

マリオゴメスさんは63歳。
33人の中で最年長であった。
私は彼の長年のパートナーであったリリアンにコピアポの喫茶店で会って話を聞いた。

リリアン「今彼は嬉しいはずなのに、実際はそうじゃないの。あの鉱山事故を思い出す度に彼には発作が起こり、涙を流して倒れ込むの。
精神的な回復はまだ遠そう。
一番不安なのは、彼の髪の毛が毎日のように抜け落ちていること。
多くのチリの国民は、マリオゴメスは救出され大金を貰って良い暮らしをしてると思ってるかもしれない。でも、実際は違うの」

再び誕生祭の会場。
鉱山の「ヒーロー」たちは、まだ祭の中心にいる。
しかし、69日を地下で過ごした33人の絆は、必ずしも頑丈であるとは言えない。
ガーラさんがバーベキューパーティーで言った通り、救出の後「恵まれた」メンバーと「恵まれなかった」メンバーに分けられてしまっている。

ガーラさん「私のように収入がある者もいれば、救出以降全く収入のない者もいる。収入のない者にも家族がいる者もいて、教育費だのが払えない者もいる。恵まれたメンバーとメンバーに分けられてしまった。難しい問題が起きてしまった」

(BBC Global News 十二月二十四日配信分より)

あの奇跡的な救出劇を伊豆でテレビで見たとき、多少感動はありました。
ただ、今年はチリの他、中国やオーストラリアなんかでも鉱山事故が起こっていて、生存者なしだったとか。

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