2011年5月31日火曜日

butterfly

BBC Global News May 30th より

メスのちょうちょが、オスに気づかれたくないとき、
羽を閉じるということを、日本の研究者が発見した。

多くのメスのちょうちょにとって、交尾は1度きりのもの。
それ故に、オスのちょうちょを選ぶ際は、生物学的本能として、
自分に合ったパートナーを見つけたい。
オスからむやみに目をつけられるのを避けるために、メスがどうしているか。
単純なことである。
羽を閉じるのである。
日本の研究者は、実際にちょうを使い、実験をした。
すでに交尾を終えたメスに、繁殖期のオスを近づけてみる。
すると、メスのちょうは羽を閉じた。
逆に、まだ交尾をしていないメスにオスのちょうを近づけると、
羽を広げ、かつオスに気づかれやすいよう、羽を強調するのであった。
メスのちょうはこのようにして、オスを避け、生物学的に生き延びてきたと思われる。

(BBC global news 5月30日配信分より)

久々に日本について地震以外の明るい話題が放送されたので、
載せてみました。

2011年4月6日水曜日

Japan's Crisis Bolsters Its Military

米THE WALL STREET JOURNAL より

Japan's Crisis Bolsters Its Military

オリーブ色の迷彩服に身を包んだ数多くsoldiers(軍人つまり、自衛隊の隊員)たちが、先月の地震と津波で壊滅的被害を受けた陸前高田市郊外で、犠牲者の救出活動を続けている。

Military Helicopters(軍事用ヘリ)で、海上の波にさらわれた犠牲者の捜索をし、付近の避難所では、soliders(軍人=隊員)たちが水の配給を行い、避難所の人たちの衣類を洗う作業まで行う。

これは、第二次世界大戦以来、日本における最大のmilitary mission(軍事作戦)であり、24万人のsoldiers(軍人=隊員)のうち、実に10万6千人が地震と津波の復興支援活動に携わっている。

今回の活動は日本のmilitary(軍隊=自衛隊)のさらなる活躍の場拡大につながる可能性を秘める。

復興支援活動が成功裡に終われば、国際的舞台での今より広い範囲での活躍も、国民が受け入れやすくなるかもしれない。

しかしもちろんもし復興支援活動が散々たる結果に終わってしまえば、military(軍隊=自衛隊)への支持もガタ落ちしてしまうのだが。

第二次世界大戦後に創設された、the Self Defence Forces(自衛隊)は、戦争放棄を謳う日本の憲法により、その活動・義務を大きく制限されている。

自衛隊員は、イラクでの学校建設など、多くの国際支援活動にも携わってきたが、彼らの活動は、self-defence(自衛)もしくは災害時の救援活動に限られており、多くの日本人は自衛隊の活動範囲が国内外で拡張することには慎重な考えを持っている。

日本以外では違和感のあることだが、日本のsoldiers(軍人=隊員)たちは公衆の場で軍服を着ることはない。

政治家たちも、演説等でarmy(軍隊)やnavy(軍隊)といった言葉を使うことを避けてきた。

戦後の防衛庁が防衛省に格上げされたのも、ほんの4年前、平成19年のことであった。

しかし、3月11日の大地震と多津波に日本が揺れた後、彼らの役割は計り知れないほど貴重となり、一般国民の目に触れる機会も格段に増えている。

迷彩服に身を包んだsoldiers(軍人=隊員)たちが、がれきの中から生存者を捜索している姿をメディアが大々的に放映している。

自衛隊の軍事用ヘリが福島第一原発に水を注入し、避難所では水や食料の避難民絵の配給に奮闘している。

ワシントンの国際戦略研究機関の日本研究員であるマイケル・グリーン氏は、「the SDF(自衛隊)は、災害時において究極にその実力を発揮する」と述べる。

これに対し、政治家たちは複雑な気持ちを抱いている模様で、また、自衛隊に助けられてばかりのTEPCO(東電)の役員たちは非難にさらされている。

SDF(自衛隊)が、長期にわたる復興支援活動及び原発対応活動を継続できるかどうかは、不透明である。

自衛隊のオオリキリョウイチ統幕は、自衛隊は現在ぎりぎりのラインで活動している、と先週述べた。

また、政府高官の中には、自衛隊員は厳しい試練の中にいると話す者もいる。

自衛隊のスポークスマンであるコウノテツヤ氏は「自衛隊員の士気は高いが、彼らも結局は人間であり、かなり疲労している」と話す。

また、自衛隊員たちがシフトで交代勤務ができるようにするプランも考えていると彼は話してくれた。

政府高官の中には、自衛隊員を東北震災の復興支援に充てることは、国家防衛のための軍備や人員の不足につながり、日本をvulnerable(無防備)な状態にしてしまうと、懸念を表す者もいる。

総実研究所のタダユキオ氏は、自衛隊はここ最近、評価を得ていると話す。

またしかし、震災の救援活動が必ずしもスムーズにいかないリスクもあるとも述べる。

日本のmilitary(軍隊=自衛隊)は、災害の度に国民からの評価を上げてきた。

平成7年の阪神大震災の後には、自衛隊がより信頼性を高め、災害時にスムーズに被災地での活動を始められるよう、政府が改正に踏み切った。

これは官僚的な感覚とルールに取りつかれていたことにより、自衛隊を被災地に素早く派遣する判断を遅らせてしまい、自衛隊の救援活動がもっと早く始まっていれば命を失うことのなかった数千人の市民を殺した、村山内閣の反省のもとにたっている。

それ以来、防衛省は、自衛隊員が支援活動や遭難者等の救助活動を行っているポスターを市街地等に貼り付け、自衛隊のメインの活動は災害時の救助活動であるということをアピールするようになってきている。

最近は、North Korea(北朝鮮)や中国から攻撃を受けるかもしれないという脅威論に伴い、自衛隊の役割について、本来の国防に重点を置くべきだとの議論が高まってきている。

一方米国も、日本がアジア地域の安全保障政策についてもっと重要な役割を果たしていくべきだとの呼びかけを行ってきている。

しかしballistic missile(弾道ミサイル)防衛構想やその他にも最先端兵器により国防強化政策を図っており、さらにここ20年緊縮財政が続く日本としては、アジア地域への兵士や一般兵器の配置を行うのに、躊躇せざるを得ない状況となっているのは確かだ。

先ほどの日本政策研究院のグリーン氏は、今回のような災害時の救援活動で自衛隊が成功裡に活躍することで、自衛隊が米軍との共同演習を含めたより大きな役目を国際社会で果たすことが可能になるであろうと指摘する。

中国に世界2位の経済大国の座を明け渡した日本がいま、国際社会で大きな役割を果たすのなら、自衛隊の役割強化しかないとも話し、また、今回の地震により、日本の政治家が自衛隊の縮小や防衛予算の削減をするのは難しくなるだろうとも彼は予測している。

これまでのところ、自衛隊に対する支持は、津波の被害の大きかった地域でより高いように見える。

仙台の南、山本町の沿岸にすむオオタトシさん(56歳)は、地震と津波の数日後には、被害にあった街に駆け付けた疲労困ぱいながらも奮闘する男女ともにいる自衛隊員の姿に驚き、かつ印象付けられたという。

「自衛隊の人を見たのはこれが初めてだ」役場の駐車場に止まれたジープや重機器を見ながら彼はつぶやいた。「隊員さんたちはいきなり現れたような感じじゃった」

陸前高田市には、地震と津波のあった翌日の太陽が昇る前には多くの自衛隊第九部隊からの隊員が到着し、昇った後にはもう犠牲者の捜索・救出活動や飲料・食糧の配給活動に従事していた。

技術部隊の隊員は、ブルドーザーや水圧掘削機、その他重機器を使って道路のガレキ撤去作業を行っていた。

隊員たちは学校の校庭やその他市のあちこちにに設置したオリーブ迷彩柄のテントに生活し、軍事用輸送車は救援物資を運ぶのやがれきの撤去作業のため、市の至る所で活躍している。

隊員たちは被災地で生活用水を供給し、仮設の風呂を設置している。

避難所の人たちが入浴している際、隊員たちは彼らの服を洗濯している。

陸前高田市の高校生、タカハシユウマ君は、彼の友人のうち何人かは高校卒業後、自衛隊に志願しようと考えているのだと教えてくれた。

「前までは自衛隊って戦争のためにあるんだと思ってた。でも違うんだね。自衛隊の人はここにきてくれて、僕たちのことを助けてくれるんだ」

WALL STREET JOURNAL 4月2日 配信分より

自衛隊のことをかつて「暴力装置」と呼んだのは、民主党の仙石元官房長官です。

彼が今の震災における自衛隊の活動をみたらどう思うのでしょうか。また、このウォールストリートジャーナルの記事をもし読んだらどう言うのでしょうか。

欧米等の先進国は言うまでもなく、アジアやアフリカ、南米諸国など、MILITARYを持ち国の防衛や災害対応の任務に就かせるのは当然のこと。

今回の地震での活躍により脚光を浴びている形の自衛隊ですが、それがなぜ国防や国際舞台での活動が制限されているのか、海外のメディアとしては違和感を持っているようっすね。

これはGHQや当時のソ連等が中心になって、法律の専門家もほとんどいない中、短期間で作り上げて日本に押し付けた現憲法が原因なのですが。

これにより本来日本に絶対に必要なはずの自衛隊の評判は良くなく、またその本来の役割も大きく制限されてきました。

今回の震災での活躍により、その評価や役割も変わることになるかもしれないっすね。

2011年3月26日土曜日

Japan's Disaster - A crisis of leadership, too

英The Economist Print版から。

Japan's Disaster - A crisis of leadership, too

The many-headed catastrophe points to deeper-seated problems in governing Japan (次々と起こる困難により、日本の統制管理における根の深い問題が浮き彫りになった)

数十万もの日本の一般市民の生活が地震、津波、火事、そして日に日に深刻になっている核(原子力発電所)の恐怖により一変してしまった。
世界中の人々が日本の動きに注目しているが、何より震災の生存者の落ち着いた行動―stoicism(忍耐・我慢)という言葉がふさわしいのだろう―に驚嘆させられている。
市民が先導する震災への不休不眠の対応はしばしば見られるが、不便をこうむっていることに対する不満等が聞かれることはほとんどない。
今、被災者の方の懸念は、水や食料、燃料などの不足から生じる不都合ではなく、自分たちの町を再建できるかどうかに向いている。

stoicism(忍耐・我慢)を貫くことは、どんな運命をも受け入れるという、なかなか真似をすることのできない生き方である。
また、全く知識がないのに何かの機械の操作を行おうとするときにもそれは発揮される。
そして、そんなstoicismを備えている日本人は、自然が時々起こす天災に対し、どんな運命でも受け入れるという心構えができている。
しかし、そんな彼らも、この経済的に発展し、統制のとれているはずの国で何故、温度の上昇を続けるnuclear plant(核発電所→原子力発電所)に対する政府の対応が手遅れになるほど緩慢で、かつ、何故tsunamiの被害を受けた地域への物資等の配送が滞っているのか、理解できない。
水や食料、暖気の不足は、被災者を一層苦しめるはずだ。
史上まれに見るほどの災害であるが、行政の判断次第で、防げた不幸もあるはずだ。
政府のシステムが、日本国民を疲弊させている。

このように政府を批判するのは、やり過ぎである思われるかもしれない。
最初、日本の首相である管直人氏は、徐々に取り返しのつかない状態になりつつあった、Fukushima Dai-ichi(福島第一原子力発電所)のmenacing situation(恐ろしい状態)に気づかず、楽観視していた。
菅内閣はまた、以前の内閣に比べ、はるかに透明性が低いということも指摘されている。

1995年に発生し、6400人もの方が亡くなった阪神大震災時の内閣も、菅内閣との比較に値する。
当時の村山内閣の対応は目を覆いたくなるほどひどく、韓国の方が村山内閣よりも早く、日本への緊急援助隊を結成したほどであった。
日本のマフィアと言われるYakuzaが、一番初めに当時被災者への食糧の供給にあたったという報告もある。
しかし皮肉というべきか、この阪神大震災で自民党(阪神大震災当時の村山政権は社民党)の戦後長期政権に対する不信感が増大し、管直人氏の率いる民主党に光が当たり始めた。
Kobeの件で、日本の政権が無能者に委ねられているということが示されてしまった。
このことは、当時漂流を始めていた日本が、かつての輝きを取り戻すべく、過去に対する省察を徹底すべきだとの風潮が起こることにつながった。
lost decade(失われた10年)といわれる期間が日本にはあるが、その間に日本はすべてを失ったわけではなかった。
「市民から政治を変えていく」というムーヴメントが起こり、その波に乗った自身も市民活動家出身である菅氏と彼の作った民主党は躍進し、平成19年の衆議院選で圧勝した彼とその党は、より信頼のできる政治を市民に約束した。

しかし、今回の震災で、民主党の政治システムがまだ未熟で、政治家による主導がまだ必要な部分があるということが示された。
一例をあげると、絶対必要なはずの、政府と核(原子力)産業との緊密な連携が取れていないということが顕になったこと。
更にいうと、彼らは議論を封鎖し、へまを隠し、楽観的すぎる想定ばかり国民に示している。
問題の発電所の管理者であるTEPCO(Tokyou Electric Power Company:東京電力)は、指揮命令の能力がまるで皆無であることも国民に曝された。

同様のことは、tsunami生存者に対する支援についても言える。
菅直人氏は先頭に立って事態に対処しているように見せているのかもしれないが、官邸では東北地方での惨事が他人事のように感じられているような雰囲気があるような気がしてならない。
それはやはり、福島の核発電所の状況がほとんどすべての政府関係者たちの注目を集めているからであろう。
被災地へと自ら出向いた政治家というのは、ほとんどいない。
多くが東京に本部を置く日本のメディアは、被災地での飲料・食料の供給状態がどれだけ深刻であるか、適切に伝えきれていない部分もある。

しかし、ビジネスマンや犠牲者たちは、よく分かっていて、物資が行政による不備でなかなか被災地に届かないのだと知っている。
東北地方へと続く高速道路は、救援物資を運ぶトラックのためにempty(からっぽ、車が全くと通らない)状態なのだが、肝心のそのトラックがガソリンがなく動けない。
石油配給会社も、需要に間に合わず、切羽詰っている。
初めから菅氏がstate of emergency(緊急事態宣言)を発令し、天災が人災に代わる前に、様々な問題に迅速に手を打てるよう、企業や様々な団体が柔軟に対処できる体制を整えておくべきだったのだ。
今でさえ、当局の震災に対する明確な方向性は打ち出されていない。

日本には、指導力を存分に発揮できる政治家が消えてから長い月日がたつ。
首相とその内閣の顔ぶれは次々と変わり、政治機能の停滞を長引かせてきた。
しかし今回の震災は、その機能不全に、情け容赦のない光を当てた。
政治改革を約束したはずの管直人氏は、今こそそれを実行するときにある。
政府に対するこれまでと別の態度を取ることによって、日本の国民も救われるはずだ。
日本人の持つ美徳、stoicism(忍耐・我慢)は逆境を乗り越えるためには必要かもしれないが、今の日本の政治に対しては、それをあまり発揮すべきでないかもしれない。
今こそ、真の政治の変革を求め、自分たちを打ちのめしてきた政治システムに対し、「正当な怒り」をぶつける時なのだ。

英Economist   Print版  3月24日発行分より。

2011年3月20日日曜日

Japan’s hydra-headed disaster

英エコノミスト誌の日本の今回の震災に関する記事を掲載させていただきます。



Some natural disasters change history. Japan’s tsunami could be one.


‘tsunami’という言葉は、世界共通で使われる、数少ない日本語のうちの一つである。
このことから日本が自然災害に見舞われることの多い国であるということがうかがえる。
しかし、過去の自然災害と比較してみても、今回のは特に悲劇的である。
記録に残る限り、日本史上最大のマグニチュード9.0という巨大地震が起こり、そしてその後の津波によっていくつもの町が消え去ったのだ。
氷のように冷たい津波の水が内陸数キロにまで達し、破壊された町の瓦礫を海に押し出す。
そして多くの高齢の人や、逃げ遅れた人たちが犠牲となった。
半分以上の住民が亡くなったか行方不明になっているという町もある。

このような危機に瀕して、もともと礼節をわきまえる民族である日本国民がどれだけresilient(苦難に向かって立ち向かう精神を持っている)であるかがうかがえる。
火事場泥棒のような略奪行為はない。
tsunamiの生存者の中でも、文句を言ってわめき散らす人など見つけるほうが難しいくらいだ。
東京ではtax deadlines(確定申告の締切日)に手続きを済ませられるよう、申請者が何時間にもわたって列を作って並んでいた。
この国の至る所で、地震による混乱を最小限に抑えようと、人々がひそかに心に決意しているように思える。
そして多くのボラアンティアの人々が被災地へと向かった。
平成7年の阪神大震災では出動に躊躇したSelf-Defense Forces(自衛隊)も今回はすぐさま被災地へと向かった。
震災前、非常に低い支持率にあえいでいた管直人内閣も、様々な困難に面しながらも、一応日本を秩序ある状態に保っている。
思えば、阪神大震災の時の、当時の政府(村山内閣)の目を覆いたくなるほどの問題だらけの対応は、日本から都市や人命だけでなく、この国の誇りさえも失わせてしまった。

今回の地震による悲劇は日本国内だけのものであるといえるかもしれないが、これはしかし世界中の人々に、解決に長い時間を要する疑問を投げつけた。
市場は、世界第三の経済大国である日本の危機により、大きく混乱している。
日本の中央銀行(日銀)は資金の大量注入により、金融パニックの風評が起こらないよう躍起になっているように見える。
専門家の予測によると、今回の震災による被害総額は、再建に10兆円を要した阪神大震災を多少上回るほどの金額であり、かつこの程度の金額は日本の経済を破綻させるほどのものではないとしている。
もちろん、電力供給のトラブルが起きていることは、成長を鈍化させ、その影響は近隣のアジア諸国にも問題を起こすかもしれないが、新たなインフラなどへの投資が震災による経済衰退を相殺してくれるであろう。

このような予測も、nuclear crisis(核の危機)の状況が悪化すれば、変わりうると言っておかねばならない。
爆発があり、炎が上がり、放射能の濃度が平常時より高くなっている原因となっている福島第一原発にヘリコプターによる散水が始まった。
日本のnuclear industry(核産業)は、隠蔽と失敗の歴史であった(もちろん表に出ることは少ないが、危険と常に隣り合わせの核施設での作業員たちは英雄である)、そして今回放射能漏れの問題を抱える原発を管理しているTEPCO(東京電力:Tokyo Electric Power Company)も残念ながら、これまでの歴史と同じ轍を踏もうとしているように見える。

今回の核の事故がスムーズに収束し、漏れ出している放射線の量が国民に健康被害を与えるレベルのものでないと判明したとしても、日本内外の核産業に与える悪影響はとてつもなく大きいものとなろう。
Germany(ドイツ)は、核施設の延命措置を取りやめる決断をした。
米国での新たな核発電所(原子力発電所)の建設は取りやめになる公算が大きいという見方も出始めている。

中国も自国内での核発電所(原子力発電所)の建設計画を一時的に躊躇するかもしれない。
現在27の核発電所を建設中であり、さらに新たに50の核発電所を建設する予定がある。
しかし、中国共産党は、長期計画では、これらの建設計画を遂行する予定で、一党独裁政権のこの国はもちろん国民からどんな反対意見が出ようとこの意志を変えることはしないであろう。
事実中国は深刻なエネルギー不足にあえいでおり、核発電所の増設や従来の大量の石炭発電に併せ、風力発電やガス発電からのエネルギー供給も大幅に増やす計画だ。

ここに核のジレンマがある。
核に対する安全を保障するには、優れた計画と優れた技術だけでは足りないのである。
核開発を行うにあたっては、責任をあらかじめ明確にしておき、かつ透明性を保つことが重要なのである。
そうして初めて人々から信頼され、かつ信頼に値する核施設を作ることができるのだ。
このことがきちんと出来ている国は今のところ存在しないし、日本もできていないということがこれからどんどん明らかになることであろう。
しかし、本来democracies(民主主義国家:日本や欧米のこと)は、このようなことがきちんと出来るはずなのである。
democracy(民主政治・民主主義)に於いては少数派の意見にきちんと耳を傾けることが原則であり、そうすることで万が一の危険も避けるよう万全の対策を整えるということが可能なはずなのである。
このようなプロセスが、核発電所(原子力発電所)の建設に於いても取られるべきなのである。
したがって、核発電所が容易に乱立するような国は、そのような少数派の人々の意見を聞かないような国、中国やロシアであろう。

しかしだからと言って、我々は核発電(原子力発電)から目を背けてはならないのである。
核発電は我々に安定したて電気を供給し、エネルギー保障をもたらし、かつ建設中に出るCO2を考慮して上でも、二酸化炭素排出量がゼロであるという点で非常に環境にやさしいという利点を持っている。
また、もちろん事故等で犠牲者を出しているが、他のエネルギーに頼るということを考えれば、核発電(原子力発電)に頼るということのほうが賢明であると思わされるデータがある。
チェルノブイリの事故では、詳細な数字は明らかにされていないが、おそらく20万~30万人が犠牲になったといわれている。
一方、中国での石炭鉱では、毎年2千から3千人の炭鉱夫が犠牲になっており、かつ炭鉱を燃やしたことにより発生する有毒ガスが毎年それ以上の人々を死に追いやっている。
累計すると、20万~30万ではきかないであろう。
それ故、先進国にとって、経済活動上かつ技術上核を持つということにより、世界レベルでの核の安全を保障し核の拡散防止のために高い水準を維持するためという理由だけからではなく、核発電所(原子力発電所)を持つことは、合理的な選択なのである。
もちろん、災害等に直面した時のリスクはあるのだが。

日本ほどこの選択により危機に直面している国は現在ないであろう。
核(原子力)により恐怖にさらされているが、しかしエネルギー保障に於いて自国で生み出せるものとして他の選択肢がない国なのだから。
日本にとって核(原子力)を放棄するということは、さらに大量の石油や、場合によっては石炭を輸入しなければならないということを意味する。
核(原子力)を持ち続けるということは、国家のトラウマに直面するがかつそれを克服するという両方を意味し、また、規模の大小はともかく、放射能漏れという本当の危機に直面するリスクを持つということも意味する。

日本というのは大災難に見舞われることの多い国である。
しかし、その後には偉大なる変革がしばしばあった。
1923年の関東大震災の後には日本は、当時他のどの国も挑んだことがなく、また現在までもどの国も挑んだことのない、米国との対戦へ国力の増強に努め始めた。
敗戦後は歴史上類のないほどの復興を成し遂げ、阪神大震災の後も新たな国づくりに向け、あらゆることを増強した。

今回の震災もこれらのような大きなインパクトを日本国民の精神に与えているということが見て取れる。
日本国民の災害に対する驚くほどの冷静な対応。
このような危機に直面して、国民がstoicism(克己・禁欲)を保っていることに世界中が畏敬の念を示している。
これらはいま日本人が本当に必要としているself-confidence(自国に対する自信)を取り戻すことにつながるであろう。
また、福島第一原発に対する政府の稚拙な対応で露見された民主党政治の崩壊は、国民によるさらなる政治変革要求につながるはずだ。
菅氏が、原発に関する情報は信頼できるものであり、tsunami生存者の苦労を少しでも和らげるために奮闘していると国民に納得してもらうことができている限りは、日本政治の自由化を推し進めることができるであろう。
もしくはおそらく間違った方向に進んでしまう恐れも大いにあるのだが。

自信を失い、政治機能不全の日本に今必要なのは変革である。
日本国民に、今回の震災をdeath, grief and mourning(犠牲と悲しみと喪)の瞬間であるとみなすのではなく、time of rebirth(再生のとき)とみなし奮闘していただきたいと願うばかりである。

(英 the Economist 3月17日号より)

私は阪神大震災での被災経験はありますが、その時なかった危機が今回の震災にあります。
nuclear crisis(核の危機)です。
文章中で原子力発電所のことを「核発電所」と表記しました。
原子力発電所は英語で‘nuclear power plant’。
直訳すると「核発電所」なのです。
非核三原則というよくわからないモノがあるために、「核発電所」ではなく原子力発電所という言葉を使わざるを得なかった。
つまり私たちはずっと騙されていたわけです。
電力会社と政府は、「核」を扱っているとう危機感を持ってこれまでnuclear power plantを管理してきたのでしょうか。
現場の社員の危険を顧みない奮闘ぶりには頭が下がりますが、それを管理・管轄するほうにずっと危機感というものが足りていなかったことが今回の原発問題につながってしまったのだと思います。
しかし、こうは言いながらも、やはり核発電を日本は放棄してはならないと私は思います。
もともとエネルギー資源は無に等しい日本。
石油などを海外からの輸入に頼っていても、地政学的リスクは非常に大きくい、永続的に安定的に供給してもらえるかというとその可能性は低いと言わざるを得ない。
資源がないという日本の弱みをカバーするのが、高い技術力という日本の持つ最大の強みである。
プルサーマルや高速増殖炉を活用し、有限なウラン資源を有効活用することにより、国内で資源がなくともエネルギーの供給を十分に賄えるという技術を持つ日本、更にこの技術を世界へと輸出し、世界的なエネルギー不足問題の解決につなげるという使命を日本は持ち、そして果たすべきであると思います。
福島原発については、マグニチュード9.0の地震は想定していなかったとのことですが、ならばマグニチュード10.0の地震を想定し、原発の建設や再建を推し進めればいいだけの話ではないかと思います。
というかこのレベルの地震が起これば原発どうこう以前の問題で、国がなくなるほどの大きな被害をもたらすのだと思いますが。
今回の件で日本国内でもまた海外の多くの国でもnuclear power plantに対する懸念が多く聞かれます。
「危ないからやめろ」と口で言うのは簡単ですが、果たしてそのように言う人は実際に日本から核発電所がなくなったらどうなるのか想像できているのでしょうか。
文章中にもあった通り、やはり私たちは続けるにしろやめるにしろ、それから目を背けてはならないのだと思います。

2011年2月23日水曜日

Red Bull に気をつけろ

‘Caffeine Overload’

米ABCワールドニュースから。

米国では、レッドブル等の「エネルギードリンク」に対する子供達からの人気はますます高くなっている。
実際、このような「スーパーチャージ」の役目を果たすドリンクは、米国のスーパーマーケットのドリンク売場の棚を占領するかのごとく並べられており、その市場は90億㌦(約1兆円)とも言われている。
このようなカフェイン度の高いドリンクが、ヒト、特に子供達に与える影響がどのようなものなのか、ABCの記者が取材した。

「モンスター」や「ロックスター」、「レッドブル」。
これらはどれも、「エネルギードリンク」の名称。
米国の子供達には当たり前のように飲まれる商品名だ。
多くの子供達はこれらエネルギードリンクに中毒になっている。

しかし専門家たちは、これらのドリンクには過度のカフェインが含まれていると警告する。
カフェインによる影響は、子供に対しては大人に対するものの二倍もあるとの研究結果もある。
最近の多くの米国の子供は一日一本以上のエネルギードリンクを飲むという調査結果があるが、一日一本飲むだけでも、子供の身体に対する悪影響は計り知れないものがあるという。

多くの医者によると、18歳以下の子供のカフェインの摂取量は、一日100mg以下にせねばならんという。
缶コーラ1本には、35mgのカフェインが含まれる。
コーヒー1杯で100mg。
「モンスター」というエネルギードリンクには、1缶160mgものカフェインが含まれる。これはコーラ4缶ぶんだ。
「ジョルト」というエネルギードリンクには280mgものカフェイン。なんとコーラ8缶ぶんだ。

ABCの取材に応じたある医師は、「スーパーでは、だれもエネルギードリンクを規制できない。
子供であろうが誰だろうが、過度にカフェインを含んだドリンクをいくらでも買える。
子供のカフェインの多量摂取は、心臓への影響が一番恐ろしい。
心拍数がやたらと上がり、服を着ていても心臓が動くのが分かるほど激しく鼓動するようになる」と述べる。

米国FDAによると、炭酸飲料へのカフェイン含有量の規制は行っているが、
エネルギードリンクに対するそれは対象外とのこと。
米国では、エネルギードリンクは「サプリメント」や「ソフトドリンク」の分類になるというのがその理由である。

米国のビバレッジメーカーは、子供たちはそれほど多くのエネルギードリンクを一日に飲むことはないと信じているといい、責任感は全くない様子である。
また、カフェイン含有量による子供への影響はきちんとテストされており、エネルギードリンクはsafeであると言い切る。

エネルギードリンクへの大人たちの対応。エネルギッシュな物議を醸しそうだ。
(2月14日配信ぶん)

自由主義市場に於いて、企業というのは、やはり未来を担う子供を殺すことになるかもしれないとわかっていても、数字のためなら手段は選ばないという思想から抜けきれないんすね。
一社くらい、「子供たちのために、この国の未来のために、エネルギードリンクの製造を止めよう」とか言う企業が出てくればかっけ~んですがね。
まー日本でも状況は同じですが。
最近の若者が柔らかい食べ物が好きだからということで噛むとふにゃんとなるガムを発売しているケン○ンとか。
冷し中華も柔らかいっすよね。
親がしっかり判断の目を持つしかないっすね。
うちも子供が変なのに手をださないように気をつけるっすよexclamation ×2exclamation ×2

2011年1月15日土曜日

'the Power of Love'

新年一発目のPod Cast からのニュースになります。

米ABC World News から。



'the Power of Love'

一部の専門家によると、周りに友人がいると、患者にとって病状の緩和が早くなるという結果が出ているという。
科学的にこの事実を証明できるのか。
ABCの記者が取材をした。

意識のない患者、いわゆる植物人間状態でベッドに横たわっているだけの患者が、
親族や友人が周りにいて、触ったり話しかけたりしてくれることで、
‘助けられる’ことがあるというのは、よく言われることである。

ABCの社員であるボブ・ウッズは、イラクで脳の手術をした。
今は回復して元気に歩き回っているが、
手術直後は昏睡状態でベッドに横たわっている状態であったが、
常に彼の妻と子供たちはベッドに横たわる彼のそばにいた。
そのことが彼を昏睡状態から回復させたと、彼は主張する。

ある大学教授の話によると、
ベッドの周りに家族などの親しい人がいて、話しかけたり触ったりしてくれることで、
植物人間状態の人が早く回復するということは、
科学的には証明できないという。
しかし、これまでそのようなことで、意識不明の患者が回復したという症例が
実際に何件もあるという。
科学的な裏付けがなくとも、家族や友人たちが患者のそばにいるほうがいいという
考え方は広まっているようだ。

デューク大学の研究者たちが、心臓病患者たちに対し、ある実験を行った。
まず患者たちを2つのグループに分ける。
1つのグループは、家庭を持ち、家族や友人がいつもそばにいてくれる患者たち。
もう一方のグループは、結婚もしておらず、友人もおらず、
病室のベッドで一人で過ごすことがほとんどの患者。
研究者たちによると、一人で過ごすことの多かった患者のうち50パーセントは、
5年以内に亡くなってしまった。
一方、家族や友人がいつもいてくれたほうの患者のグループでは、
5年でに亡くなったのは18パーセントの患者にすぎなかったという。

研究者の一人によると、親しい人が周りにいてくれることで、
アドレナリンなどの、患者にストレスを与えかねないホルモンの分泌量が
減少したせいではないかという。

患者がストレスを減らすことで、体が治療や自然治癒に専念できるということだ。

心臓病患者が孤独にずっと過ごし続けることは、
毎日喫煙し続けるのと同じくらい悪影響があると言う専門家もいる。

ABC World News January 13 配信分より。

こういう話はよく聞きますよね。
家族や友人、知り合いが入院したら、
できるだけお見舞い行ってあげましょうね。
ちなみにthe Power of Love というのは、
バックトゥザフュチャという古い映画のテーマ曲です。

2010年12月30日木曜日

Chilean Miners

チリの鉱山事故は、今年の世界仰天ニュースの中でもトップテンに入るんじゃないでしょうか。

英BBC Global Newsから


‘An complicated issue’

今年の八月五日、チリの鉱山で地中深く閉じ込められていた33人が救出された。
その69日後、鉱山から一人一人が奇跡的に救出されるのを世界が見守った。
困難を極めた救出作業の間中ずっと家族や親類や友人はサンホゼ鉱山の外に設営されたテントで待ち続けていた。
BBCの記者はその様子をずっと取材していた。
彼は鉱山近くの町、コピアポに戻ってきて、あの時救出された33人が今何をしているのか取材した。

今私はここコピアポ町の266回目の聖誕祭の中にいる。
町の中央駅に何千という人達が集まり、伝統衣装を身にまとった数十人の子供達がチリの舞踊音楽に合わせて踊ってる。
夜になると、町長や議員なども参列する。
コピアポの『ヒーロー』を讃えるため。

すっと折り目の入ったスーツを身にまとい、顔にはサングラスをかけた男達がいる。
二ヶ月に渡り、サンホゼ鉱山の地中深くに閉じ込められていたあの33人のうちの一部のメンバーだ。
『救出』以降、彼らの生活は一変した。

ガーラさんは救出されたメンバーの一人。
今コピアポ町長から英雄として讃える楯を受けとった。
前に私が彼に会ったのは、救出から二日後のことだった。
かれの家族が私をホームバーベキューパーティーに招いてくれたのだ。
日差しから目を守るためのプロテクターサングラスを着けた彼は、青白く、痩せていた。
そしてあれから二ヶ月。彼が今どうしているのか私は気になり始めた。
彼に会うと、まず世界中を旅したことを話してくれた。

ガーラさん「マドリードに行き、米国に行き、英国にも行きました。そして最近は、あの救出までの奇跡の講演をするめにチリ中をまわっています。講演を通し、特に子供たちに勇気を持つことの大切さを感じてほしいと思っています。勇気があったから33人は生き延びた。そして、神の恵みに感謝し、一生懸命働くことの尊さも感じてほしい」

ガーラさんは救出後、「セレブリティー」としての地位をエンジョイしているように思えた。そして彼の家族にとっても、これは興味深い経験となったようだ。
ガーラさんの義理の妹「ガーラの救出後、ほんとにたくさんの人が彼を見にうちにきたのよ。みんか彼に挨拶をし、話をしたがってた。彼はそれをとても名誉のことと思っていたようで、スーパーに買い物に行っても周りの人に挨拶し、車に乗ってるときでも道行く人々に窓から手を出して応えてたわ」
ガーラさんの孫娘「おじいちゃんが生き埋めになったときいたときは、本当に悲しかった。最近は、サンホゼ鉱山救出の記念碑のあるところへよく行くの。おじいちゃんが誇らしくて」

生活が変わったのはガーラさんだけではない。
あの33人のうちほとんどが新たな道を見つけ、生きている。

マリオゴメスさんは63歳。
33人の中で最年長であった。
私は彼の長年のパートナーであったリリアンにコピアポの喫茶店で会って話を聞いた。

リリアン「今彼は嬉しいはずなのに、実際はそうじゃないの。あの鉱山事故を思い出す度に彼には発作が起こり、涙を流して倒れ込むの。
精神的な回復はまだ遠そう。
一番不安なのは、彼の髪の毛が毎日のように抜け落ちていること。
多くのチリの国民は、マリオゴメスは救出され大金を貰って良い暮らしをしてると思ってるかもしれない。でも、実際は違うの」

再び誕生祭の会場。
鉱山の「ヒーロー」たちは、まだ祭の中心にいる。
しかし、69日を地下で過ごした33人の絆は、必ずしも頑丈であるとは言えない。
ガーラさんがバーベキューパーティーで言った通り、救出の後「恵まれた」メンバーと「恵まれなかった」メンバーに分けられてしまっている。

ガーラさん「私のように収入がある者もいれば、救出以降全く収入のない者もいる。収入のない者にも家族がいる者もいて、教育費だのが払えない者もいる。恵まれたメンバーとメンバーに分けられてしまった。難しい問題が起きてしまった」

(BBC Global News 十二月二十四日配信分より)

あの奇跡的な救出劇を伊豆でテレビで見たとき、多少感動はありました。
ただ、今年はチリの他、中国やオーストラリアなんかでも鉱山事故が起こっていて、生存者なしだったとか。